KOBA's Classroom ~from the Warm Heart of Africa~

アフリカのマラウィ共和国で活動する、青年海外協力隊 理科教育隊員の活動記録 

KOBA’s Classroom vol.15 ~マラウィアンの同僚に対する不満を、どうしてそんなことが起こるのかマラウィアンに聞いてみた〜

マラウィに来て一年が過ぎました。

ここからは、これから過ごす時間が、過ごしてきた時間よりも短くなります。

自分の中ではカウントダウンが始まった気分です。

残り、12ヶ月。

 

 

学校も最後の学期が残り3週間になりました。

無事にシラバスも終わり、テストも作り終わり、後は復習の授業と採点、成績をつけて3学期も終わり。その後、7週間の長期休暇に入ります。

 

1年目の教員生活もそろそろ一区切り。

次の新学期からどんなことをしていこうか、そんなことを考え始めました。

 

1年目は、目の前の生徒たちに何をしてあげられるか、すべきなのかに(未だに悶々とした部分はありますが)焦点を当ててきたつもりです。

 

逆に言えば、変化を起こしにくそうな同僚達へは、目的意識を持ったアプローチはほとんど何もしていません。 信頼関係の構築が先と言えば聞こえがいいし、要請内容的にも授業第一なのでそれはそれでいいのですが、次の一年で何か同僚にアプローチをしようかと考え始めると、今まで見て見ぬ振りをしてきたいろんな疑問(というか不満)が出てきました。

 

 

日本から来た若造が感じるマラウィアンの先生方に感じた疑問と、その根源を教えてくれたウチの警備員(マラウィアン)の返答をまとめたいと思います。

 

 

疑問1「先生達は授業に遅れるし、会議にも遅れる(というか来ない)。彼らは自分をLazyだとは思っていないのか?」

 

 

返答「彼らは自分をLazyだとは思っていない。なぜなら、Lazyであれば難関である教員採用試験なんて通るわけがないからだ。しかも、授業や会議に遅れたとしても参加していれば、マラウィ的にはそれは働いているとみなされる」

 

 

非常に腑に落ちた返答。僕の勤める学校は県でNo1の学校ですが、生徒の計算能力と言えば、日本の同世代の子たちに比べると、とんでもなく低いと感じてしまう。それと同じように、そもそもの「できる」基準が違いすぎる。日本的に言ったら、「勉強してない」がここでは「勉強してる」になってしまう。できない人にまで「できる」レッテルを貼ってしまうことになったのは、そもそもの(日本的に見た)優秀とされる人事が不足している訳で、それを作り出してしまった根源はもっと別のところにあるのでしょう。

 

また、ほとんど雇用のない8割農民の国マラウィでは、職があって職場に行ってるだけで希少人材。ましてや高収入であるSecondary Schoolの教員なんて、憧れの的でしょう。社会的な評価は、Lazyには繋がらないようです。

 

 

 

疑問2「遅れない先生達は、遅れてくる先生達に対して嫌悪感を抱かないのか?」

 

 

返答「抱かない。なぜなら、その日遅れなかった先生は、次の日に遅れるからだ。」

 

 

これまた非常に腑に落ちた返答。この時、ウチの警備員は天才なのではないかと思う。 確かに、誰一人として完全にpunctualな先生はいない。遅れたところで罰則も解雇もない。というか、雇い主の政府が賃金滞納してる訳で、遅れたところで責められる理由もない。

 

 

生産性を上げるのであれば、やはり時間通りにキチッとやる(punctuality)ってのは必要。現に、与えられたシラバスを終えられた先生はさほどいないと思われる。時間通りにキチッとやる環境をどう作るか。。。もうそこへのアプローチは取らないでおくのか。。。

 

 

 

そもそもの政府にも、給料滞納してる時点で「ほんとにこの国良くしようと思ってんのか」と思ってしまうし、教科書の質の悪さが理数科目の理解を妨げている気がしてならない。

 

 

 

質のいい教材へのアクセスの悪さは、僕の中で日に日に問題意識が高まっているように思う。勉強したい!やる気はある!と思っている子がいたとしても、教材がないもしくは教材が分かりにくいせいで伸び悩み「できない」レッテルを貼られる子は多くいるんじゃないか。たまたま家庭環境が多少他より良くってできちゃった程度の知能の差で、学力が測られて割り振られてる気がする。つまり、努力に寄る場に乗せられない子がいるまま、競争させられてるんじゃないかと思う。質のいい教材へのアクセスできるようになれば、競争の平等性は上がるだろうし、もちろん将来の選択肢の幅も広がるのではないか。

もっと言えば、教員の知識面だって上がるはず。この間分科会で、教員養成大学の大学生と関わった時に、理解度の低さを目の当たりにした。同僚の数学の先生だって、申し訳ないけれど日本の普通の高校生の方が数学が出来ると思う。別に、マラウィアンが頑張ってないから悪いとか、勉強してないから悪いとか、そういうことが言いたいわけではなく、環境要因によって伸び悩んでるところがあるのではないか(もちろん本人の勉強不足,Lazinessも感じるところはありますが)

 

 

日本のような大きな市営図書館もない。

インターネットに回すお金はない。

そもそもパソコンもスマホもない。

先生は授業に(時々)こない。(ちゃんとくる先生も、もちろんいる)

先生の知識も足りない(時もある)。(マラウィ的には十分?)

教科書はないし、あっても分からない。

政府にやる気もない(苦笑)。

 

 

どの「ない」を変えていくか。

7週間の長期休暇は立ち止まって考えるのに良い機会かな。

教育関係の本ももっと読まないと。。

 

 

残り、12ヶ月。

 

 

 

 

全然関係ないですが、写真はこないだ行ったLiwonde国立公園で撮った写真です。

人生初サファリ。感想は「カバだらけ、カバって感じ」です。

とりあえず、川にはカバがいっぱいいました。

アフリカを楽しみながら、あと1年頑張ります!

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